伊豆の海岸に建築されようとしている大規模な防波堤計画について

2016年1月20日

Facebookに署名依頼が回ってきました。

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↑ これは入田浜の隅っこの写真だ・・
こんな万里の長城を南伊豆一帯に作るらしいので地元が反対している。しかしこの写真の「事業効果」って文字がめちゃ気になります。

自分も伊豆の海は大好きでけっこうな頻度で伺っています。たしかに伊豆の海岸線に最大13.5メートルの堤防を張り巡らせば、景観は台無しです。伊豆の最大の財産は「景観」なわけですから、資産価値が無くなります。自分もがっかりです。これが行政と土建屋との癒着でなければいいのですが・・・

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Isseki Nagaeさん(@issekinagae)が投稿した写真 –


これはよくいく多々戸の波

でも、反対するには「景観を損なう」とか「観光客が減る」だけではダメなんです。原発や自衛隊と同じで「反対だから反対だ」ではなくて、代替案を提示しないと実際のリスクを比較し、代替案を提示しないと・・・。特にサーフィンとかしてる我々が反対すると「自分の楽しみのために地域の安全を犠牲にしろというのか」になってしまいます。「景観を守るためには死んでもいい」とはならないです。

そこで伊豆の津波リスクについてちょっと調べました。地震の際のリスクは都会なら火災、海岸線なら津波である事はみなさんもご存じの通りです。

東海沖地震が起きたら伊豆の津波の規模はどれくらい?

南伊豆の津波8メートル引き上げ 静岡県M8クラス地震想定

静岡県は18日、同県沖の駿河トラフ、南海トラフを震源とするマグニチュード(M)8クラスの大地震が発生した際に県沿岸部への到達が予想される最大の津波の高さを発表した。過去の地震データを基に想定をやり直し、平成25年の前回発表では最高7メートルとしていた伊豆半島の南伊豆町は8メートル引き上げ15メートルとなった。

最大15メートルの予想!!!

おそらくこれを根拠に13.5メートルの防壁という話になっているんだと思います。
この津波予測は結構てんでバラバラで、気象庁では
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南伊豆は5〜10メートルなんですが・・

2012年の朝日新聞では、国の有識者会議で

県内死者最悪11万人 津波、下田で33m 静岡

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地震によって発生する津波は、下田市で最大33メートルに達する。3月発表時の25.3メートルより大きくなったのは、10メートルメッシュで細かく推計したため、海底や地形の影響が出ている。33メートルの津波に襲われるとされたのは、下田湾の外の狼煙(のろし)崎付近。下田港内は12~15メートル程度という。港内へは地震発生から約20分後に到達するとみられる。
33メートルの津波に襲われるとされたのは、下田湾の外の狼煙(のろし)崎付近。下田港内は12~15メートル程度という。港内へは地震発生から約20分後に到達するとみられる。(中略)
南伊豆町では、駿河湾に面した入間富戸ノ浜付近に26メートルの津波が想定される。夏場に約3万人が訪れる弓ケ浜海水浴場付近は12~13メートルという。弓ケ浜には地震発生から約10分で津波が押し寄せるとみられる。

最大33メートルの予想!!!

3.11のときが最大40メートルなので津波の規模はほぼこれに匹敵するわけです。有識者会議は高めに、静岡県は低めに想定している点がよく分からないよ〜
そして3.11のときは「万里の長城」の異名を取った、宮古市田老町の延長2433メートル、高さ10メートルの巨大防潮堤は一瞬で決壊してしまいました。
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決壊したから役に立たなかった説と、避難の時間が稼げたから有効だった説の両方があります。逆に安心して逃げ遅れた説も・・。しかし仮に30メートルが来たら簡単に決壊するでしょうし、10メートルでもどうかわからない。

伊豆を襲った最近の津波

日本人ってすぐ忘れてしまうのですが、伊豆から東海地方は再三津波に襲われています。以下はWikipediaから拾いました。

200年くらいの間でも
◎1854年12月23日(嘉永7年11月4日) 安政東海地震 – 12月、駿河湾から遠州灘を震源とするM8.4の地震。沼津から伊勢湾が被害甚大、下田では碇泊していたディアナ号が遭難した。下田 柿崎の津波は6.7mと推定。南伊豆の入間で16.5m 下田湊ハ同時大津浪有之湊町千軒程有之候人家八九分通り流失『虫蔵後記』とあり、下田港は壊滅しています。

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ロシアのティアナ号沈没の当時の絵だそうです。

◎1923年(大正12年)9月1日 大正関東地震(関東大震災) 津波の最大波高は静岡県熱海で12m。伊東では波高9mとなり海岸から浜海道までの集落はほとんど流失、宇佐美村でも111戸が流失した。下田町では波高2.5m、湾外では4m程度
関東大震災って東京だけじゃないんですよ

◎1944年(昭和19年)12月7日 昭和東南海地震 下田市柿崎 2.5m ※戦時中のため隠匿された。当時予科練だったオヤジに聞いたけどビックリしていた
◎1946年(昭和21年)12月21日 昭和南海地震 到達時刻は伊豆半島南端(下田で住宅の浸水被害有り)で約40分

とありまして、過去150年くらいの間に伊豆には4回も津波が来ました。前回から60年も経過しているので東海地震が懸念されているのは周知の通りです。
また、予測と過去の例から見て、津波到達までの時間は20〜40分です。

本当に防潮堤で津波は防げるのか

下田市には何十回もいってるのですが、ぶっちゃけた話、南伊豆に堤防作るより、下田市をなんとかした方が良いと思います。これは単にかかるコストと救える人数の比率です。

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下田は深い湾の奥にあり、津波は当然増幅されます。しかし町は川に沿ってできていて、川は急に浅く、細くなります。川岸の標高は2メートルしかないくらいで、これがずっと奥まで何キロも続きます。しかし川の両岸には合法、不法のボートや漁船がたくさん係留されていて、津波が来たら燃料ごと一気に流されそう。そんなわけで自分は下田に宿泊するときはなるべく標高の高い宿を取ります。

自分の意見に過ぎないですが、南伊豆を津波から救うのであれば、まずは海岸から逃げる道をきちんと整備して拡張する。現在は海岸までの道が狭く、車がすれ違えない道ばかりです。仮に海水浴シーズンであれば防波堤で食い止め作戦だと、海岸にいる多くの海水浴客が犠牲になります。だってあんな壁を超えて逃げられないですよ。だったら道路とか避難経路指示の整備をもっとした方が良い。近くの高台とか山に逃げられる道を作って「津波避難道」って大書きするとかね。
伊豆は急に標高が上がる地形が多いので、下田市周辺を除けば避難は迅速にできれば津波から逃げられます。
いまはそういうのが全然無い。あるかもしれないが何十回も行ってるけど見かけない。御前埼や西伊豆のほうがよほどあります。

津波がくる → 壁を作ろう という単純な発想ではなく、人間の行動分析とか、最悪の事態(海にたくさん人がいる状態)を考えて防災計画はやってほしいです。で、反対するのであれば「こうすれば景観を守ってもっとコストが安く、安全度も上がる」ってことを言うべきだと思います。そのほうが受け入れられやすいからです。

ところで東京は土曜からまた雪だそうで、昨日書いたエントリーのこれがまた使えそうだ

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